大判例

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仙台高等裁判所 平成8年(う)39号 判決

関係各証拠を総合すれば,被告人は,平成7年5月中旬ころから同月24日ころまで,A女(当47年),B男(当20年),C男(当45年),D女(当23年)と共に,V女(当時27年)に対し「御用」と称する暴行を加え,その後Vに対する「御用」は一旦中断され,同月25日ころからは,同女に代わり被告人自身が「御用」の対象とされ,同日ころから同年6月4日ころまでの約10日間にわたり,A,B,C,D及びVから反復継続して執拗に暴行を加えられたが,同年6月4日ころ被告人は,Aに命じられて,Vとの間で「因縁果たし」と称する殴り合いをした後,「御用」の対象から一旦解放され,被告人に代わりVに対する「御用」が再開されたところ,同日以降,被告人は,「御用」と称する暴行を加えることによってVが死亡するおそれがあることを予見しながら,それもやむを得ないとして,Aら原判示の者らと共謀の上,敢えてVに対し執拗に暴行を加え,同女を死亡するに至らせたことが認められる。

2 殺人の事実に関する緊急避難及び期待可能性に関する主張について

論旨は,要するに,仮に,Vに対する「御用」が再開された平成7年6月4日以降も被告人と原判示共犯者らとの間にVに対する暴行の共謀関係が存在していたとしても,それまで被告人は約10日間にわたりAらから「御用」と称する暴行を受けていたことから,もしもAの意向に逆らってVに対する「御用」を拒否すれば,被告人自身が「御用」の対象とされる危険が切迫していたのであって,被告人としては,自己に対する現在の危難を避けるためやむを得ずAの指示に従ったものであるから,被告人のVに対する暴行は,緊急避難として違法性を欠くものというべきであり,また,当時被告人にはAの指示に従ってVに暴力を振るう以外に取るべき手段はなかったから,被告人に適法行為にでることを期待することはできず,被告人はVに対する殺人の刑責を負わないものというべきであるのに,これを認めなかった原判決には事実の誤認がある,というのである。

しかしながら,前記のとおり,当時被告人は,自らも自己の夫(当時42年)に対する「御用」に加わり,夫に対し執拗に暴行を加えた結果,夫を死亡させてしまった上,夫が死亡した日から約10日間にわたり,被告人自身が「御用」の対象とされてAらに執拗に暴力を振るわれたことから,自分の子供のために何としてでも生き残らなければならず,Aのいうとおりにしなければ,自分が暴力を振るわれると思い,生き残るためにはVを死なせても仕方ないという,やむにやまれぬ心境のもとにVに対する暴行に加担したものであると認められるものの,6月4日当時,被告人は「御用」の対象から解放されていた上に,当時A方には,A,B,C,D,被告人のほか,幼い子らが起居していたに過ぎず,A,B及びCは日中外出することがあったのであるから,客観的には,被告人が2人の子を伴ってA方を脱出することも不可能ではなかったものと認められる。所論は,被告人の夫やVを含む6名の被害者らがA方から脱出しようとせずに死に追い込まれていること等を根拠に,被告人がAの呪縛から脱出することは極めて困難であって,そうした状況下において,被告人がVに対する犯行から離脱することは不可能であった旨主張するが,前記認定のように,被告人は,平成7年5月25日夫が死亡するという事態に直面するとともに,そのころF女ら4人の遺体を確認し,それに引き続き被告人自身が「御用」の対象とされるに至ったことから,そのころ被告人はAの霊力に対し疑問を抱き,それまで神様と信じていたAが信じられなくなるなど,Aに対する心理的束縛から相当程度解放された心理状態に立ち至っていたものと認められるから,被告人の主観的,心理的側面においても,被告人が自力でA方から脱出することは十分に可能であったと認められる。なお,被告人は,その後もA方から脱出,逃走することなく,Aらから「御用」の対象とされ瀕死の重傷を負うに至っているが,当時被告人は夫のみならずVをも死亡させるという犯行に加担してしまったという負い目もあって,Aに抗して同人方から脱出することを決断するまでに至らなかったことが窺われる。

以上によれば,当時被告人の身辺には現在の危難が切迫していたとは到底認められず,被告人に対し適法行為に出ることを期待することができない状況にもなかったといわざるを得ないから,緊急避難及び期待可能性に関する右所論はいずれも採用できず,本論旨は理由がない。

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